感情的に感情を切り離して思考する人
1. よく、頭のいい人は感情に左右されずに判断・行動できる、と言われたりしますが、これは、感情に振り回されずに思考できる、ということに換言できると思います。
このようなことができる人たちの中に、次のような人を見かけることがあります。
それは、思考するために、負の感情を利用する人です。
2. 彼らは、自身に対する誹謗・中傷といった負の感情(悲しみ・怒り・怖れ)を喚起させるような批判・評価といったことを、意識し、好むように思います。
彼らは思考しながら、意識は常に感情へ向いているようにも感じます。
また、負の感情を刺激するような事柄を故意に行い、この感情を麻痺させたり、この感情を快楽に変換できるようになることを良しとしているように思います。
彼らの中で、自身の感情は敵であり、自身を客観的に捉える視点(自身を他人であるように見る視点)を持つ際の障害なのではないでしょうか。
泣いている人、感情的な人、感情的なこどもなどを弱者とみなしたり、見下したり、劣った存在である、と表明する傾向があるように感じます。
なるべく負の感情を喚起させるような言動を好むようにも思います。
3. この時彼らは、感情を切り離して思考を行うために、怒りという感情を感じることを目的としているのではないでしょうか。
(怒りは感情の蓋と言われているので、怒りの下にある理解してほしい、という悲しみを目的にしているのではないでしょうか)
そして、怒りを目的とした結果、その思考・論理は、自身が悲しみを感じやすいような、つまり他者に理解してもらえないような、偏ったものになっているのではないでしょうか。
4. また、感情的である、ということは、感情を目的として行為していることを、自身で認識できないことだと思います。
そして、怒りという感情は、悲しみという一次的な感情に蓋をする二次的な感情と言われています。
ゆえに、彼らが、感情を目的として行動していることに気づいていないとすれば、
彼らは、感情的に感情に蓋をして(を切り離して)思考している、といえるのではないでしょうか。
ここ迄読んでいただきありがとうございました。
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