分析と持論を書いていく処

分析・仮説・持論を滔々と述べています|異論は認めます│こんな世界の見方もあるのだなという気付きを得て、楽しんでいただいたり、問題解決に役立てていただければと存じます

メンタルが強いとはどういうことか?

A.外交的であることよりも内向的であることを優先する人は、内的な世界に意識が向いている時間が長くなり、そこにおける感情や思考を、言葉によって細部まで可視化することが可能になるように思います。

そして、その原動力は感情であるのではないでしょうか。(そのため、そのような人は快楽主義である、ともいえる気がします)

また、彼らは物事を、気分の向いた時、一気に行う傾向にあるように思います。

B.一方、内向的であることよりも外交的であることを優先している人は、外的な世界に意識が向いている時間が長く、内的な世界における感情は、作業の妨げになるものとして、数値や言語などで大まかに形を与えて認知し、思考によって統制し、外的で可視的なものを整理することが可能であるように思います。

そして、その原動力は思考であるように感じます。

(そのため、このような人は、老年になって前頭葉の働きが弱まり、それに伴い思考が弱まると、感情的に暴走しやすくなる(統制がとりにくくなる)と個人的には予測しています(現在n=5))

また、彼らは、物事を計画的に淡々と行う傾向にあるのではないでしょうか。

f:id:give-info:20200128225317j:plain

C.Bはメンタルが強い、と言われることが多いように思います。関連して、Bのようにメンタルが強くなる習慣が本で紹介されているのを読んだことがあります。これは詰まるところ、意識の方向を思考で統制できるようにすることであるように思います。

つまり、1.感情を意識と切り離して認知すること、2.今現在に集中したりして内的な世界自体から目をそらすこと、3.行動を促すため、問題解決をしたいという欲を満たすために、負の感情(目的に役立たない感情)から目をそらして正の感情(目的に役立つ感情)へ目を向けること、などがそれにあたるのではないでしょうか。

D.そのように考えるために、内的世界には、無意識(感情)・思考・意識という3つの領域があり、意識が感情とつながると人は感情的になり、感情が意識から切り離され、これを意識が観察すると人は冷静になる、という仮説を立てます。

そうであるとするならば、ただ切り離して観察しただけでは、負の感情に意識が向いたまま、行動が起こらなかったり、生きるためのモチベーションが低下したり、問題が解決しなかったりするため、正の感情に意識を向けかえることが推奨されているようにも思います。

また、このような切り離しや切替を行うのが自身の思考であるとも考えます。

一方で、負の感情も正の感情も、これに意識がつながることで消滅するように思います。このことを、「共感」と呼ぶとします。

E.以上のような「切り離し」と「共感」が存在するとすれば、どちらがメンタルを安定させるという意味で長期的解決をもたらすかには、人により差があるように思います。

つまり、Aのように感情と意識の繋がりを制御しようとしない人や感情の力が強すぎてこれが困難な人は、その都度、共感によって解消したほうが効率はよいのではないでしょうか。

一方、Bのように感情と意識の繋がりを制御しようとする人や感情の力が弱くてこれがやりやすい人は、切り離して観察したりすることによって解決したほうがよいのではないでしょうか。

ここ迄読んでいただきありがとうございます。
今日も良い一日をお過ごしください。