分析と持論を書いていく処

分析・仮説・持論を滔々と述べています|異論は認めます│こんな世界の見方もあるのだなという気付きを得て、楽しんでいただいたり、問題解決に役立てていただければと存じます

食あたりしました。

【食あたり記】

1. 昨年夏、食あたりしました。これについて、症状や行った対処方法などの記録を以下に記そうと思います。

原因は部屋に置き放しの水を飲んだことだと思われます。このような水による中毒は、水あたりとも言われるそうです。

私はワンルームにひとり暮らしなのですが、午前三時ごろ、下腹部(腸の辺り)の激痛により部屋についたトイレに駆け込みました。

ですが、便は出ず、痛みは増すばかりです。

痛みは波のように来て、その波の感覚が徐々に短く大きくなっていきました。

その間、以下のようなことが頭を駆け巡りました。

スマホは部屋にあるが、痛みで部屋まで行けない。よって、救急車や人を呼べない。
・目の前の冷蔵庫には手が届きそうだ。毒素を出すには水を飲んだほうが良いのか。その方が便も出るから良いのか。わからない。下手に処置して悪化したらまずいからやらないほうが良いか。
・もっと対策しておけばよかった。今まで何をしてたのか。
・陣痛はこんな感じなのかもしれない。だとすれば、陣痛の対策が効くか。だがほぼ知らない。
・痛みで意識が朦朧としてくる。視界が黄色い。
・トイレには冷房がない。汗も出ている。脱水症状になるのではないか。やはり水を飲んだほうが良いか。
・吐いたほうが、早く痛みが終わるか。
・だれか助けてほしい。辛い。

とにかく痛みが強すぎて、波が来はじめると、歯を食いしばっても、意識をそらしても、深呼吸しても、うめいても、音楽を聞いても、何をしても痛いので、絶望にかられました。
(深呼吸は少し効果がありました。ですが、痛みで息が吸えず、うまくできない感覚がありました)

一方で、波が去ると、束の間の痛みのない安息の時間となり、眠気が襲ってきて意識を失いそうになりました。

2. 初期の症状は上記のとおりで、次に自主的に行った対処は次のとおりです。

はじめに、痛みの波が何度も来た時、身体の痛みが辛すぎると感じた私は、部屋の手前にあったバスタオルを持ってまたトイレに戻りました。

そして、痛みがきたときに、脚と頭の間にバスタオルをまるめて抱えると、すがりつくものがあって良いような気がしました。

次に、痛みの収束時に、思い切って冷蔵庫まで行き、その中から水を取り出し、これを早急にごくごくと飲みました。

すると頭が覚醒してすっきりし、腸はキュルキュルとは鳴りましたが、便はあまり出ず、痛みの度合いも特に変わりませんでした。

そこで、次策として、便器を抱えて吐こうとしました。

すると吐くことには成功しましたが、飲んだ水を一通り吐き終わると、もう吐くものがなくなり、いくらおえっとしても、口から何も出ませんでした。
(胃酸だけだと液量が足りず食道を上がってこれないように感じました)

以上三つの対処法を行ってみて、少なくとも即効の効果はないように感じました。

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3. その後の症状は以下のとおりです。

吐いた後なので胃酸で食道がピリついたり、全身の筋肉(特に腹筋・背筋・大腿筋)が運動後のように疲労してだるかったです。また痛みの波は衰えることなく続きました。

為す術がないので、便座にもたれかかりながら、タオルに顔を埋めて体育座りで意識朦朧としていました。

やがて、ようやく便が下痢となり、これが出たことをきっかけに、痛みの波は急速に引いていきました。

4. 外は日が登っており、私はのろのろと部屋に戻り、安堵から敷いてあった布団の上にうずくまり、知らぬ間に意識を失うように眠りました。

しばらくして起きて、その日は一日中寝ていたかったのですが、その日は運悪く一週間のうちの食料調達の日だったので、仕方なく全身疲労のなか着替えて外出しました。
(スーパーまでの道程で腹痛が来て助けを呼べなかったら終わり、と考えていたので、腹痛を起こさないように、腹に対し低刺激な歩きをしました)

時速1キロほどのゆっくりゆっくりしたスピードでスーパーまで歩いていたら、なんと、問題なく食材を買い家へ無事帰還することができました。

これで少し自信がつき、スーパーで買ってきた豆乳を、お腹を下してから初めて胃に入れるものとして選び飲みました。

結果、吐かずに飲め、お腹はキュルキュルしましたが腹痛も来ませんでした。

その勢いで、夜になってから、ご飯を食べることに挑戦したら、これもうまくいったので、こうして私の食あたりは幕を閉じたと言えるでしょう。

以上、食あたり記でした。

5. これをきっかけに思ったことは、

・腹痛が来たらスマホを持ってトイレに入ったほうがよいのではないか(救急車を呼べる、応急処置を調べられるため)
・自分の弱さを受け入れ、頼れる友人を持っておいたほうがよいのではないか
・自分の身体に対し、普段から労って優しくする機会を設けたほうがよいのではないか
・身体的苦痛により精神的苦痛がもたらされるのではないか
・強い痛みにより人は孤独と死を感じるのではないか
・医師は苦痛に敏感な人がなるものではないか
・痛みを乗り越えて出産を行うお母さんの身体と精神は強いのではないか
・お金と人との繋がりがないと孤独死するリスクが高いのではないか

ということです。

何かの参考になりましたら幸いです。

ここ迄読んでいただきありがとうございます。
今日も良い一日をお過ごしください。